エクストリーム・バースデイ


昨今の活劇映画やマンガ、アニメなどにおける、攻撃スキルのインフレは凄まじいものがあり。
例えば、ある程度の体格をしている人間が足元から身を浮かせて吹っ飛ばされるというのは、
たとえ突発的な事態であれ、かなりの力が掛からないと無理な話で。
単なる体重や体格の問題のみならず、
人はただ立っている間でも無意識下で全身のバランスをとってるので、
例えば抱え上げる対象自身からの協力がないと、
抵抗して踏ん張られてはなかなか抱え上げられないということだってある。
かように、痛さからよろめいたとか、腰が引けていたとかいった不随条件もないまま、
十代後半の青少年がアスファルトの路面を枯葉のように転がされ、
ほぼ無抵抗なまま数メートルほど吹っ飛ばされるほどの仕業には、
大きな規模の台風さながらな底知れない馬力が必要なのだ。
……というご説明を展開している間にも、

 「うわっ!」
 「敦っ!」

ファッションモールとシネマの入った、かなり大きめなプラザビル前の大通り。
広いめの舗道と平日でも結構な交通量がある2車線道路にて、ちょっとした騒動が勃発中で、
事情が分からぬ人が見ていたならば、
まるで形のある物体みたいな、それは強固な一陣の風が吹き抜けてったように見えたかもしれぬ。
緑がたわわな街路樹が揃ってたわんだほどの衝撃波が突き抜ける中、
受け身を取る間もないほどの突然、出合い頭に何かしらの抗力で突き飛ばされ、
体が浮いたそのまま路面を転げてってしまったのが、
どちらかといや痩躯だが 実は虎の異能を持つ、探偵社のホープ・敦くん。
騒ぎの核だとし、確保に追っていた相手もただならない膂力なり波動なりを酌み出す異能者だったらしく、
車の行き来を堰き止めたのも彼が放った波動でアスファルトが抉られてしまったからだし、
振り向きざまにかざされた手が叩き出したのがこの力で。
体内へ突き通るような物騒な代物ではないようだが、不意を突かれてあっさり突き飛ばされてしまった次第。
それでもさすがに格闘慣れしているのは伊達じゃあない。

 「いたたたた…。」

無防備にも手足をぶん回す格好であちこちへぶつけて余計な怪我は負わぬよう、
体が浮いたそのまま 何とか身を縮めてゴロゴロと転がった末に、
突き当たったビル壁をとんと蹴り、体勢を整えつつ片膝立てて身を起こす。

 「敦っ。」
 「ボクは大丈夫。鏡花ちゃんはその子たちを安全なところへ避難させて。」

屈んだ体勢のまま起き直ると、駆け寄ってこようとする和装の少女へしっかとした声で応じた。
いきなり起きた、文字通り“驚天動地”な騒ぎに巻き込まれ、共に居たはずの親とはぐれたらしい幼子が二人ほど、
何が起きたか判らぬままながら、ただただ怖いと泣きじゃくりつつ鏡花の着物の袖へしがみついており、

 「きっと親御さんたちも探しているはず。
  警察の規制線が敷かれるまではどこも危ないから、こちらからも探してあげないと。」
 「…判った。」

災禍に巻き込まれぬよう遠のく人々の波に押されてしまったのなら、
いまだ現場間近に居残る小さな存在を探すのは大変だろう。
正規の警察関係者もまだ先陣が駆け付けたばかりという様相だし、
頼っても何もできないに違いなく。
どうすれば合理的かと采配を口にした敦に従い、
鏡花は頷いて見せると子供らの手を取り、人の流れを読みつつ現場から離れることにし。
それを見送りながら、後ろ手に回した手で敦が腰から抜き取ったのは伸縮するスライド式警棒。
ぶんと振り切れば遠心力で丈が伸びて固定されるというお馴染みのアレで、
ホントはそんな武装などなくても対処できる月下獣の異能があるのだが、
人の目が多い市街地ではそうそう発揮できないのがある意味で難点で。
コンクリの塊を手も触れずに吹き飛ばせるよな相手に負けないほどの馬力、
こちらも何の装備もなく出せる身なれども。
ふっさふさの剛毛の生えた腕が膨れ上がったまま、
ハイエース、もとえボックスカーを頭上まで抱え上げたところを
何だ何だ、化け物みたいな子がいるぞとSNSなんぞに掲げられてはたまらないので、
まずはこういった“物理的一般武装”に頼ってみようという訓練も兼ねた出動であり。

 『国木田くんもめんどくさい考え方をするもんだね。』

彼らは本来、一般人と大差のない警官だけでは手を焼くような、
ぶっちゃけ “待ったなし”な案件にばかり投入される身。
まだまだ詳細までは解析されてはない“異能”の持ち主であるがゆえ、
今見せたような、手を触れもせで人を薙ぎ倒せるような物騒な相手を、
被害者が出る前に確保せにゃならないという異常事態へ向かわされているというに、
その異能を出来れば使うななぞとは本末転倒な条件でしかなく。

 とはいえ、事態収拾後の報告で “異能を使いました”では済まないというのも事実ではあり。

物を壊したり盗んだり、人に怪我を負わせたりと、何らかの犯罪を犯した者を逮捕したとはいえ、
何をしたかをつまびらかにしないと起訴へは運べない。
そこを間違いのないよう公正に明文化したうえで、法廷へ送り込むという仕組みのある法治国家である以上、
説明がつかない記述を連ねては “信憑性が…”と弾かれかねないのが困ったもので。
そろそろ軍警の皆様には都市伝説以上の現実味を帯びて浸透している異能力だが、
ちょっとでも穏やかな所轄ではまだまだ “そんな胡乱なこと”扱いで。
冗談抜きに、世迷言を持ち込まれてなと言いつつ、こちらへ丸投げされる届け出も結構ある。

 『まあ、それだと初動から当たれるから二度手間とか手遅れとかは防げて助かるけどね。』

そう言って苦笑したのは、現場での実務に加えて他所との連絡を担当することが多い谷崎さんで。
相手が何かしでかした分には正体不明の爆発物だの謎の破壊だので済む報告が、
捕縛するこちらから繰り出しましたというのは原則ご法度。
のちのちに調書を作る折、説明できない手段を投じましたでは話にならぬ。
異能専門という肩書を唯一公的に任じている異能特務課でさえ、
表向きにはそんな部署はないとされており。
様々な案件を正確に把握しているのはいいとして、
いかに無理なく公けの書類へ変換できるかに 日夜その知慧を余すことなく投じておられるのが現状。
よって表向きは他愛ない窃盗やら暴走やら程度の騒ぎなぞへ、下手に異能を絡ませると
そのまま“何か無許可で無体を為した”とされ、始末書扱いになるのが関の山。
途轍もない緊急事態への投入を例外に、ごくごく一般の逮捕応援などで出動した場合は、
出来るだけ異能は控えるというのが“原則”ではある。

 『でもまあ、ヨコハマ在住の人間なら、
  多少の不思議や不条理も飲み込んじゃう昨今だけどもね。』

さすがは“魔都”との異名がある都市だということか、
港の権益がらみ、国の内外から集まった反社勢力が幾度となく激しい抗争を起こした名残でもある
無法者の吹き溜まりな租界や貧民街が依然として存続していることを筆頭に、
武装探偵社が拠点を置くだけあって、異能がらみの案件が起きやすい土地柄で。
例えば、女の子のようとは言いすぎだが、それでもまだまださほど雄々しいとまではいえない肢体の敦くんが、
地上うん十mの高さがあるビルの壁を何の装備もなく駆け上がったり、
頭上へと振り下ろされた直径10センチ以上はあろうぶっとい鉄パイプを、
頭を庇った前腕で遮っただけでぐにゃりとへし曲げちゃったとしても。
いわゆる“プロジェクションマッピング”みたいな、若しくは特撮用の小道具を使ったとかいう
何か特殊な効果映像じゃないかとか、
今時のあれやこれやに通じてて、割と融通が利く思考をする人も少なくはないのだから、
国木田が口やかましく言うほど 律儀に不思議を控える意識なんてするこたないよとは、
今回は医務室から飛び出して来ていた与謝野せんせえからの頼もしい助言。
名探偵こと乱歩さん寄り、事件解決をこそ優先せよというお考えでおり、

 『そんな方向に遠慮して要らない怪我を負う方がナンセンスだ。
  何も街を壊せとか市民の皆様を巻き込めと言ってるんじゃなし、
  むしろそうならないためにも遺憾なく戦っといで。』

万が一にも大怪我したら、見物人も含めてアタシが治療するだけの話だと、
聞きようによっちゃあ それもそれでおっかないんですがというご意見を飛ばしておいでで。
ちょっとお顔が引きつった面々の中、いつも朗らかな賢治くんだけはマイペースを崩しもしないで、

 『ですよねぇ。
  ボクの田舎では、力仕事と暴れ牛は宮沢んとこの小僧に任せろって頼りにされてたほどですし。』

彼もまた その細腕の何処にと思うような、冗談抜きの怪力でしかも頑丈な純朴少年が、
それはそれは豪気なお返事を返していたような…。
いやそれは長閑な土地柄ならではな話かもと、
ちょっと肯定しかねるよと焦ったように笑っていた谷崎さんチのお兄さんは、今日は帝都まで出張だ。
乱歩さんの付き添いで警視庁からの依頼へ出張っておいでで、
その代理のように、各署への連携担当としてボックスカーでの待機ながら現場に出ている与謝野女医であり。
平日の昼下がりでも野次馬がいなくはない大通りという舞台で
捕獲対象と向かい合う出動になっているこたびの案件なのも、

 「国木田にしてみれば、
  異能特務課に迷惑かけてるんじゃあと常々案じているらしいのが
  時々思い出したように噴き出してのこれだと思うんだけどもね。」

彼の意図も判らぬではないのだろう苦笑を漏らす。
要は いい加減に日之本の政府が異能を認めればいいだけの話だと思うのだが、
そうなればなったで、人権にかかわりかねぬ差別が起きかねないとか、
さして害もないよな異能と危険なそれとの格差はどうするのかとか、
法規上以外のところでの混乱も生まれることは必至。
現に、事情をよく知らない地方などでは、
異能を持って生まれた子供が 忌み子だの化け物だのと迫害されていた例もなくはない。
そんな混乱が生じると判っているだけにどちら様もなかなか言い出しっぺにはなってくれず、
挙句には、ヨコハマのような租界のあるややこしい土地だから押さえ込めていると言い出す向きもいるとかで、

 “政治家は政治家で、どこまで現状が判っているものなやらだからねぇ。”

そんな現状である大きな要因、
現場で何とか出来ているという頼もしき戦力がいるのも問題っちゃあ問題かもしれぬ。
国ごと引っ繰り返さんというような、場所を選ばぬ残虐な被害が続出した騒ぎでさえ、
日之本でも軍隊が大規模出動する手前で何とかしてしまった存在がいる。
彼ら武装探偵社が踏ん張ったお陰様、
何か物騒なゲリラ事件があったらしいが、警察が諸外国との連携の下、容疑者をふん縛ったと締めくくられており。
下々が何とか出来ているのだから…という珍妙な理屈で
ちゃんと把握しようとしないような連中が舵取りしている限り、
そんなこんなという大きな騒ぎの根源にもなったよな物騒な能力の実在を
広く公言するのはまだまだ無理があるかと。
遣る瀬無い吐息をつきつつ、フロントグラス越しに本日の現場を見やれば、先程の様相が展開されているわけで。
結構な広さにそれはリアルな幻影を繰り広げられる異能、
谷崎の“細雪”を駆使出来れば、その陰にて多少の無茶も濫用できるが、
不在となれば人目を避けての行動になるを得ぬ…と、
そんな方針であたった本日の案件、繁華街にて暴走した異能者の確保と来たから始末が悪い。

 “せめて一般の人を遠ざけてもらえれば…。”

一見、何の武装もない容疑者なのに、銃器で威嚇するというのも剣呑だし、
ただ目撃者がいるというだけじゃあなく、
そっちの方こそ大問題、敵に人質とされかねないかが現場としては最も恐れている懸念なのであり。
さすがに尋常ではない事態らしいと気づいたか、巻き込まれぬよう遠巻きになりつつあるものの、
繁華街ゆえにそもそも人出が多すぎて、まだまだそこここに騒いでいる人の気配がいっぱいで。
こちらへの注視より逃げなきゃという方向へ逸れつつあるのでと、
やっと遠慮なく攻勢に異能を混ぜつつある敦だったが、

 「な、何だよお前。何で平気なんだよっ。」

大学生くらいだろうか、まだ若いその男は、
フードの下でただの硬い表情だったものが…今は徐々に恐怖に飲まれてでもいるものか、
恐慌状態だとありあり判るよな焦燥の表情を浮かべ始めている。
よく判らない力で吹き飛ばされても、ビルやガードレールへ叩きつけられても起き上がり、
人並み外れた体捌きでドライバーが乗り捨ててったコンテナ車の腹に足を掛けて
ルーフまでを駆け上がっては大きく振りかぶった警棒を振り下ろしてくる “果敢な抵抗者”へ、
何だ何だ、勝手の違うのが出て来たぞと今更ながら竦み始めており。

 “やっぱり、どこかの組織の犯行とかいうのじゃないみたいだけど。”

何かしら恣意的な暴動ではないにしても、
不思議な力を繰り出すことで気が大きくなってた輩。
多少は制御できるようになったことに気を良くしての大胆な暴れようだったのが、
そんな自分より場慣れしているお歴々が現れて、力の差から追い詰められている現在。
不利にならぬよう、若しくは逃げるためのおとりにするとかいう格好で
破れかぶれから周囲にまで暴力を広げられては収拾がつかぬ。
盾代わりにと当たるを幸いに蹴倒されて逃げ廻り、文字通りの血路を切り開かれてはたまったものじゃあない。
何となれば異能で畳みかけてもいい、
だがだが 出来るだけ通常モードで当たってみろという、習練モードのお勤めだったが、
これがなかなか相手も結構な威力の持ち主で。
抑え込むにしても見えない障壁に弾かれては押し戻され、至近にまで寄れないので話にならぬ。
手を焼いて時間が掛かれば何だ何だと見物も増えるし、何より当事者の混乱が増しそうでそこも脅威だ。
意の通じた所轄が駆け付けてくれつつあるけれど、
緊急が過ぎての そこを通さぬ段取りだったようで
せめての野次馬整理さえされぬ現場は、色々な意味合いからの混乱が生じそうな気配。

 「…っ。」

もういっそ、奇妙と思われてもいいから虎を下ろしての力づくで掴みかかろうと、
敦が意を決し、ぐっと足元踏ん張ったその時だ。

 「何を弄ばれているかな、探偵社。」

遠く近くのサイレンの音やら、ちぎれた電線に何かが触れてショートしての炸裂音やら、
燃え盛る車両が挙げる炎の轟音や自転車が倒れるがしゃがしゃという物音やら、
雑踏から広がる雑多な話し声やらが充満している空間を貫いて、それはよく通るお声が掛かった。
JRの駅まで連なる 結構な高さのあるアーケードの前、
同じくらいの高さがあろう街灯の上に恐れもなく直立し、そこから声をかけてきたちょっと小柄な黒服の人物がある。
そんなところに誰かいるとは思わぬか、皆が見当はずれな方向を見回す中、
あっさり居場所を確認できた敦が見間違うはすのない相手こそ、当地で裏社会を席巻しているポートマフィアの幹部殿。
小柄なのを誤魔化したいか、にやりと笑いつつしゃがみ込んでみせた体勢は、
黒スーツであるにもかかわらず、何だかやんちゃな筋の若いの風でもあり。

「中坊は引っ込んでろっ。」
「誰が中学生だ、ごらっ。」

物凄く反射が素早かったのは、言われると思った用意があったからだろか。(こらこら)
漫才みたいなやり取りへのツッコミを入れるどころじゃあないのが、
一応は同じ戦線内に立ってた探偵社代表の虎くんで。
だって彼にしてみりゃあようよう知ってる人物だ。

 「中也さん?」

ヨコハマの裏社会を牛耳るとまで囁かれている、反社会組織筆頭のポートマフィア。
警察も手を焼こう破落戸どもの暴言や暴力を束ね、他のチンピラから守る代償にとみかじめ料を納めさせるような、
そんな胡乱な組織には それこそ化け物がいても不思議はないと、
むしろそういう方向での脅威は広めた方が畏怖を持たせる効果も上がるということか。
異能を持つ身を隠しもしないで“人間兵器”として暗躍していると、都市伝説の牽引役も担っておいでで。
そんな開き直りがこんな場面でも利くものか、
それでも日ごろの活動は更夜としている彼らが 何でまたこんな明るいうちから通りすがるかなと、
怪訝そうに目許を眇める虎の子ちゃんの頭上から、別の気配もじんわりと滲む。
そちらへも覚えがある敦くんが振り向くより先に、

 「この程度の雑魚に手古摺るとはな。」

けほ…と小さな咳の混じる物言いで毒づかれ、何だとと振り返った頬の端、
薄紙一枚をそぐ程度に加減されてはいたれども、
剃刀のように冴えた切れ味の黒獣が掠めた攻勢は間違いなく、

 「…芥川。」

横手になるビルの上、屋上を囲う鉄柵の外側という縁の部分へ、
風をはらんでたなびく外套から何からと真っ黒ないでたちの青年が危なげなく立っており。
お勤めモードの身なのはお互い様で、
非番の日にはおでこ同士がくっつくほど間近になっての睦まじく、
同じ電子端末の小さな画面を ほらねと覗き込むこともあるというに、
今はそういうのなしモード。
敦の側でも憎々しいという声を出してしまった相手は、やはりマフィアの遊撃隊長。
非番の日 Ver.の格好でなし、彼の場合は指名手配もされているというに、
まだ結構明るい中で、何を背条反らせて踏ん反り返っているものか。

 「え?え?」

加勢に来たとか?でも何で?裏社会の人だのに? 今回、共闘のお声掛けしてないよね?
聞いてない面子の出現へ混乱しかかる子虎くんを尻目に、
まずは漆黒の覇者様が外套の裾から伸ばした黒獣が、曼殊沙華か君子蘭の花のように幾条か伸びて来る。
主人の周囲を取り囲みつつ、冠のように首をもたげてから、
流れるような起動一閃、標的であろう暴走青年目がけて次々に襲い掛かったから凄まじい。

 「わぁあっ!」

敦との鬼ごっこで多少は使い勝手を身につけていた異能も、結局のところまだまだ付け焼刃。
盾にしようと自身の前へ手をかざして斥力を発生させていたれども、
続けざまに襲い来る錐のような黒獣の攻勢には追い付けず。
何撃目かにはとうとう失速したか、
手許近くまで飛んで来たのを弾けずに、脾腹にぐさりと食らってぎゃあと悲鳴を上げている。

「あ、芥川、やりすぎては…。」

殺されては、いやさ殺してしまっては余計な罪科が増えてしまわぬかと、
ちょっと混乱中の虎の子くんがどっちを庇いたいのか判らない声を掛ければ、

「そいつはな、俺らの構成員も手にかけてんだよ。」
「え…。」

ただ自分たちが手古摺っているのを見かねたってだけでもないんだと、
中也がボソッと言い足して、漆黒の手套に包まれた手を此方へかざす。
すると、激痛にうずくまってもんどりうっているパーカー姿の青年が
そのままの姿勢で宙へと浮かび上がってゆく。
え?え? まさかそのまま連れ去ろうっていうんじゃあと、
それもそれで困った展開じゃあなかろうかと、恐慌状態になりかかる敦からやや離れた同じ路上に立っていた、
今回の出動での統括担当、国木田教官。(こらこら)
やはり想いもよらない展開だったのへ、
敦への指示を出しかけていたのか携帯端末を手にしたまま唖然としていたのも刹那のこと。

 「……、太宰はどこだっ。」

彼が演習対象にしようと取りかかったように、こたびの相手はさほど悪辣非道な悪鬼ではない。
どうやらどこかの組織が絡んでいるような代物でなし、
繰り出す異能も、パワーこそ大きいが押さえ込めないものではないレベルだったし、
様々な権謀術数を搦めた異能戦争に比べれば、作戦の練りようもある代物で。
ただ、対象者がどんどん繁華街へと足を延ばしたのが想定外。
いくらなんでもここまで派手な騒ぎになってはと、
急遽 事態をたたもうと構えていた矢先の乱入者登場というこの展開。
白日のしかも衆目もある現場だ、高見の見物が関の山だろうに、
顔出しという堂々とした登場をされ、ななな何事だと泡を喰ってしまった先達だったが、
はっと我に返るのも そこは各種修羅場の経験者で敦くんよりは素早くて。
そんな先達様が口にした人物こそ、武装探偵社の“奥の手”様でもあり。
まだ20代前半という若さでありながら、裏社会に異様なほど通じている途轍もなく奥深い青年で、
それが先かそれとも資質が先か、様々なことへの知識も豊富だし観察力にも長けていて、
身も軽くて乱闘という修羅場でも戦果に事欠かない凄腕の探偵であり。
しかもその身に宿しているのは“人間失格”という異能無効化と来て、
そもそも彼奴がいればこのような大混乱に至る前に収拾できたはずだろうにと、
相変わらずのサボタージュか、こんな非常時にと、
こめかみから角が生えかねないレベルでのご立腹を示す国木田の肩へ
背後から回ってきた腕がある。

 「やあやあ、待たせたね。」
 「だ〜ざ〜い〜〜っ!!」

怒り心頭な同僚さんへも涼しげに笑って見せて、呆然自失な敦へは“は〜いvv”と軽やかに手を振る美丈夫様で。
というか後で判ったことだが、中也を煽ってこちらへ来させたのも彼だったらしく、

 「いやね。いくらチ―トな無効化でも物理には一般人並みの対処しか出来ぬのだよ?」

それっくらい判っておくれよと言いつつ、
憤懣が凝って爆発しそうな国木田から素早く離れると、
コツコツという靴音も軽快に、問題の捕縛対象者の浮かぶところまで歩みを進める。

 「だ、太宰さん。」
 「油断しちゃあいけないよ、敦くん。」

にこりと笑ったお顔は、やっぱりいつもの余裕綽々つかみどころのない美形の先輩様で。
目許まで掛かろうかという蓬髪は、
されど鬱陶しいという印象よりも、どこの少女漫画の二枚目役ですかというような、
ミステリアスな影を知的な双眸の据わった目許へ淡く落とすだけ。
表情豊かで柔らかそうな口許がふふんと笑みに弧を描き、

 「その子はタダの陽動だしね。」
 「はい?」

するすると宙へ浮かび上がってく斥力少年は無視したまんま、

 「本星は、そこのビルに入ってるセントラルバンクの金庫を狙った一味だからねぇ。」
 「はい?」

結構な騒音に満ちた場だが、虎の聴覚を起動させずとも敦にも、そして国木田へも届いた一言で。
あそこと包帯に縁どられた手が指差した先では、
車線の向こう、歩道の上へかかる陸橋テラスへ、
ボストンバッグをそれぞれに提げた男衆が数人ほど、裏口らしい質素なドアから慌ただしく出てきたところで。
新たな展開へ、え?え?となっている敦や国木田を放置して、
太宰はと言えば、唯一 車線が無事なところに停車しているボックスカーへと歩み寄っており。
何をどこまで熟知している彼なやら、
車のドアがガチャリと打ち合わせでもしていたかのよに内から開き、かなり体格のいい男が不機嫌そうに降りて来た。
まま、さすがにそんな犯罪集団とまで打ち合わせはしてなかろう。
向こうにも思いもよらない展開だったか、
飄々とした優男に苛立ったらしいドライバー役が 邪魔すんなら畳んでしまおうと出て来たらしかったが、

 「ぐぬぅ。」
 「おっとぉ。」

掴みかからんとする怪力タイプ相手が振り上げた、やけに重量級のバール?モンキーレンチ?からササッと身を躱したまま、
通り過ぎざまに ちょいと突いたところ、

 「…っ、ぎゃあっ!」
 「おやおや、済まないねぇ。でもこれは正当防衛だからね。」

そりゃあ痛いだろう肋骨下という箇所へ、細身のドライバーを突き立てたおっかなさ。
勘も良ければ身体能力もずば抜けた、場慣れしまくりな頼もしさをお持ちの先達様。

「てめえっ!」

そちらにも異能者くずれが混じっていたらしく、
其奴が手も触れないで頭上の立体遊歩道から振り落とした壊れた行燈看板へは、

 「……。」
 「おやおや。」

もしかしてそいつも別口の存在に引き取られやしないかという物騒な予感を孕んだ
ある意味、重々しい空気と共に飛んで来た黒獣の銛が突き通したことで、中空での停止を余儀なくされ。

 「強盗一味、現行犯で確保っ!」

そっちの通報も同時進行で来てたんですよな
所轄の警察官の皆さんが移送車で乗り付けての怒涛の出撃が
一斉に歩道橋テラスへとなだれ込み、
派手でややこしい騒乱は、何だか妙な格好で幕を閉じようとしていたのだった。




     ◇◇


「まさか、日頃サボりまくっているのは、こうやってあちこちへのよしみを結んで強固にした上で、
 どえらい方策で世の中を一気に変えようというのでは…。」

実は銀行強盗という犯罪への陽動要員だったらしい、そちらも踊らされてただけな異能力青年は、
マフィアに攫われかけてたのを 何とか…子虎ちゃんが頑張ったご褒美に返してと両手を合わせて懇願したことで、
帽子の幹部様や黒獣さんをほだして身柄を渡してもらい。
白昼堂々と数千億という大金を奪われるところだったのを何とか未遂で防げた一件。
今まで埋もれていた、されど大した威力の異能を持つ青年が発掘されてたことといい、
そんな彼がマフィアがらみの騒ぎを既に起こしていたらしいことといい、
それより何より強盗なんてな犯罪を嗅ぎつけていたことといい、
あまりにも先回りが過ぎる手を売っていた太宰へ向けて、
もしやして…こんな事なぞ序の口となるような、もっと壮大な深慮遠謀を抱えているのではと
眉間にしわ寄せてぶつぶつとつぶやく誰かさんなのへ、
ありゃまあと眉を下げての苦笑をこぼし、当の美麗な参謀様が肩をひょいと竦めて見せる。

 「まさかまさかだよ。」

そりゃあ華麗な乱闘をこなしてもなお、どこ吹く風との涼やかさ、
日頃の朗らかなお顔にすっかり戻っておいでの太宰さん。
与謝野先生が所轄の警察関係者へ逮捕までのあれこれを聴取されている間に、
こちらはこちらで、乗りつけてきたボックスカーの傍らにて、
怪我はないか、勢い余って壊したのはどれとどれだという(笑)刷り合わせをしていたのだが。
随分と遅刻してきた太宰への国木田からのいつもの叱責、
今日は翻弄され過ぎたせいだろう、ちょっと方向が怪しい物へなりかけた。
とはいえ、当人はといや軽やかに笑って見せた上で、
やだねぇとかぶりを振って見せてから、

「一気にねじ伏せるようなやり方は、結局 革命というより悪く言やぁ武力行使だ。
 そんな拙速な策を取ったところで何も生まれはしないというもので、
 その場しのぎの積み重ねとなり、事態がこんがらがって犠牲が続出して面倒なばかりだ。
 乱歩さんの言いようではないけれど、そんなつまらないことなんてわざわざやるものか。」

余程に専横な為政者がいて、
大多数の民衆が虐げられ、理不尽な目に遭ってでもいるならともかく、
性急すぎる変革は、その性急さについていけない人という犠牲を生むだけ。
異能者の暴発だとか、理解が足りずに起きている差別だとか、
あれこれと困った事態には違いないけれど、我慢しつつちょっとずつ変えてゆくしかない。

「何の馴染みもない人に、いきなり修行僧のやるような滝行を毎日やれと言ったって無理だろう?」

まあそれは極端な比喩だけど、

「それにそんなことへと手を付けるなんて、良くも悪くも一生を束縛されてしまう。
 私はそこまで自己犠牲したい人じゃあないさ。」
「だったら…っ。」

こんなにもあっさりと方が付いたってのに、
何で最初からちゃっちゃと職務に手をつけなかったんだと、
今日のおさぼりへの叱責が飛びかけたが。
それこそ“さもありなん”と言わんばかり、それはそれは綺羅らかに頬笑んだ貴公子殿、

「今日は特別な日だからね。大事な人と過ごしたいって思ってみただけだよ。」

でもって。
それへの障害になってるらしい案件を片づけてやろうって、
事態の裏をざっと浚ってののち、ポートマフィアに顔を出すという根回しをし、
それからという順で こっちの現場へ顔出したのだよと、
本末転倒、何を優先した彼なのやらな お言いようをし。
は?と呆気にとられた誰か様が我に返る前に、
すったかた〜と姿を消して、某マフィアの青年を巧妙に掻っ攫い、
数日ほど逐電したのは後のお話だったりする。



  
HAPPY BIRTHDAY!  TO OSAMU DAZAIvv




     〜 Fine 〜    21.06.23.


 *お誕生日に遅刻しちゃったのでというわけでもないのですが、
  ついつい乱闘シーンに力が入っちゃったいつものもーりんさんです、すいません。
  最初はおにゃの子 Ver.で考えてたんですが、
  活劇主体ならあんまり意味ないなぁと気が付いたんで通常モードで。